

2011年シーズンに使用された2ndユニフォームです。元日本代表の小林悠選手に支給された物となります。市販が無かった長袖ユニフォームとなります。長袖着ているイメージがあまりないなと思って調べたところ、2nd長袖を着用したのは30節のアウェイベガルタ仙台戦のみでした。東日本大震災で3~4月に開催予定の試合が夏場に開催された為、それもあったのかもしれません。

メーカーロゴは刺しゅう

エンブレムは昇華プリント仕様。

胸スポンサーロゴは昇華プリント仕様。

背中スポンサーロゴはラバー圧着。


袖スポンサーロゴはフロッキー圧着。

Jリーグパッチはラバー圧着。KAWASAKIパッチはワッペン縫い付け。

腹部の「挑」の書は昇華プリント仕様。


ネームとナンバーはラバー素材の2色1枚仕様。

首のサイズ表記はラバー圧着


内タグ部分。2nd長袖の品番はFR1104です。
岡本太郎氏の「挑」を胸にタイトル獲得に挑んで成し遂げたかったですが、結果はJ1再昇格後初の残留争いの末、11位に終わりました。折り返し辺りまでは順調に勝ち点を積めて30近く取れており、この時点で残留争いに巻き込まれるとは全く想像していませんでした。夏場にはクラブワーストのリーグ戦8連敗。残りの9試合を4勝2分3敗で乗り切った事で、ある程度余裕をもって残留こそできましたが、残留争いの苦しさを肌で感じたシーズンでした。
J1再昇格後は大きな不振も無く、ほぼ右肩上がりでクラブもチームも成長してきました。それが故に大きな試練、停滞と向き合う事が少なかったです。この2011年に挑んだ事はそれだったのではと思います。
ピッチの中の事象で挑んだ事は個人能力に依存したサッカーからの脱却でした。クラブOBで欧州のサッカーにも精通した相馬直樹氏を監督に迎え、最終ラインを高く上げ、スペースを圧縮しスモールエリアを強度と技術で攻略するコレクティブなサッカーを目指しましたが、夏を過ぎたあたりから体力面が持たず決壊する場面が増えた事で起こったのがリーグ戦8連敗でした。やりたい事と出来る事、やらなければならない事のどれを優先してチームを作っていくかのバランスが悪かった様に感じました。当時相馬さんもJリーグのクラブを率いるのは初めてであり、その点は経験不足だったのかもしれません。
苦しい事が多いシーズンで、シーズンの終わりには2003年からチームを牽引し続けてきた偉大なるエースストライカーであるジュニーニョが契約満了で退団。また一つ時代の終わりを感じさせる瞬間でしたが、小林悠が大卒2年目でリーグ戦二桁ゴールで一躍新たなエースストライカーとして名を上げ、高卒3年目の登里享平がリーグ戦でプレイタイム1,000分越えで戦力して定着し、高卒1年目の大島僚太がクラブ史上初の高卒初年度でA契約のプレイタイム越えと次世代を担う選手達が台頭してきました。彼らの台頭を促したのは間違いなく相馬監督の功績です。
明日も同じ時間に次の1枚をお届けします。またここで会いましょう。



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