

2005年シーズンに使用された1st用ユニフォームです。これまでは支給品のみの取り扱いでしたが、このシーズンより長袖ユニフォームも1st用のみ市販されました。クラブ史上初の市販された長袖ユニフォームとなります。

首タグは黒色、支給品は…次回以降に更新します。

メーカーロゴはワッペン縫い付け

エンブレムはフロッキー素材のワッペン圧着。このワッペンですが、2004年シーズンより変更があります。エンブレムに刻まれていた「Fujitsu」のロゴが無くなりました。より市民クラブと認知される為、地域密着をより浸透させる為にエンブレムから外されました。エンブレムにFujitsuと入っていると、どうしても「富士通」のクラブというイメージが拭えません。より地域密着の姿勢を打ち出し川崎市のクラブとなる為に重要な一歩だったと思います。エンブレムから外す事を受け入れてくださった富士通にも感謝しています。

胸スポンサーロゴは昇華プリント仕様。

背中スポンサーロゴはラバー圧着。このシーズンからスポンサーとして背中にロゴを提示頂けたのは日興コーディアル証券(現SMBC日興証券)さんです。このピーカブーですが、当時運用されていた個人向けの証券サービスの名称であり、イメージキャラクターでした。先に明らかにしますが、現クラブマスコットのカブレラの前世の姿です。様々な大人の社会のしがらみを潜り抜けてピーカブーからカブレラに転生しました。

袖スポンサーロゴはフロッキー素材のワッペン圧着仕様


JリーグパッチとKAWASAKIパッチはワッペン縫い付け。



これは2004年シーズンからですが、アシックス製のユニフォームではスポンサーロゴが一部のみのユニフォームを「レプリカユニフォーム」、スポンサーロゴやKAWASAKIパッチ等が全て取り付けられて、選手着用品とほぼ同仕様の物を「オーセンティックユニフォーム」として販売されていました。ユニフォームの素材やサイズ感はレプリカもオーセンティックも同様で違いはスポンサーロゴやパッチの有無となります。
成す術も無くJ2に降格した2000年から5年後、再びJ1の舞台に戻ってきました。2000年はJ2優勝を成し遂げた1999年のチームを「解体」するような編成を行った結果が降格でした。それを反面教師にJ2再挑戦の2001年からは継続性を意識した編成を行い、チーム力の向上を図りました。大型補強は見送り(そんな事をするお金がありませんでした)、J2から鍛え上げたチームで戦った結果は望外の8位でした。J1残留さえできれば良い、それが最優先と考えていましたが、2005年のチームはそれを超える力強いチームでした。
殆どの選手がJ1での経験、知名度が無い、開幕前は「誰?」とサッカーファンから呼ばれる選手ばかりでした。伊藤宏樹、箕輪義信(彼は日本代表デビューも成し遂げました)、寺田周平の「川崎山脈」と称された屈強な高身長の3バック、プロ3年目で遂にJ1でも正確無比なパスとゲームメイクでその力を見せつけた中村憲剛、182cmの恵まれた体躯と独特の得点感覚を武器に高卒2年目でセンターハーフのポジションを掴み5ゴールを決めた谷口博之、アウグストと長橋康弘の経験豊富な両ウイングバック、先日の更新でも触れたマルクス、我那覇和樹、ジュニーニョの強力なトライアングル。ベンチメンバーにも川崎山脈の一員である佐原秀樹、元日本代表の相馬直樹、若きスピードスターで途中出場で活躍した黒津勝。今でもスラスラ出てきます。
2000年の初のJ1時は力を見せつけられるだけであった鹿島アントラーズや名古屋グランパス、ジュビロ磐田からも勝ち点3を勝ち取る姿を見て、このチームは自分が思っているよりもずっと強いんだなと毎試合勝っても負けても面白かったです。良いシーズンでした。
そんな素晴らしいシーズンでしたが、シーズン終了後にJ2時代からチームを支え、J1に連れてきてくれた選手、アウグストや久野智昭、渡辺匠、山根巌、豊富な経験で現役晩年に力を貸してくれた相馬直樹…彼らとお別れするのは辛かったです。
明日も同じ時間に次の1枚をお届けします。またここで会いましょう。



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