【71日目/71枚目】2010年 1st 長袖 ジュニーニョ 選手支給品

1st(ホーム)用

2010年シーズンに使用された1stユニフォームです。ジュニーニョ選手に支給された物となります。

メーカーロゴは昇華プリント仕様

エンブレムは昇華プリント仕様

胸スポンサーロゴは昇華プリント仕様

背中スポンサーロゴはラバー圧着

袖スポンサーロゴはフロッキー圧着。

KAWASAKIパッチはワッペン縫い付け

ネームとナンバーはラバー素材の2色1枚仕様。

首タグは白色。

内タグには別注の記載と生産年月が記載されています。

2010年シーズンは南アフリカワールドカップが開催されました。それに伴いJリーグも中断しましたが、川崎フロンターレは中断前と中断後で別のチームとなってしまいました。

前年あと一歩のところで手に出来なかったタイトルを手中に収めるべく、左SBには小宮山尊信、センターハーフには当時日本代表の稲本潤一が加入。特に稲本の加入には驚きました。2002年の日韓ワールドカップの活躍で日本全土を沸かせ、その後も欧州の一線で活躍する選手が、当時クラブハウスがプレハブで、他のクラブと比較しても決して恵まれた環境ではなかった川崎フロンターレに加入してくれるとは。クラブハウスの話は別として、稲本クラスの選手がこのチームに加入したいと思ってもらえる様になったのかと感慨深いものがありました。

代表クラスの即戦力を2枚加えて、悲願のタイトル獲得を目指しましたが、シーズン前のキャンプでジュニーニョが負傷、一度は復帰もまた負傷しワールドカップ明けまで全休でした。そしてチームの大黒柱の中村憲剛もACLの試合で顎を折られて約2か月の長期離脱。大御所2人を欠いた事で4-3-3のシステムが導入されました。中盤3枚が稲本をアンカーにインサイドハーフに谷口と田坂、前線は左からレナチーニョ、鄭大世、黒津、両サイドバックは小宮山と森でほぼ固定できましたが、センターバックはJ2時代から高い稼働率で不動の存在だった伊藤が負傷離脱し、寺田と井川の組み合わせが一番多かったです。中断までのリーグ戦11試合で勝ち点20は悪くないですが、失点が何と20失点。勝ち点数と同じだけの失点数と非常に守備面で悩まされました。

南アフリカの舞台で、過去最低の前評判を覆しベスト16に進出した日本代表。その勢いでリーグも盛り上げたい、川崎フロンターレも躍進したいところでしたが、この時点でチームのエースストライカーだった鄭大世と不動の守護神だった川島永嗣が海外に移籍。チームにとって非常に大きなダメージとなりました。同じタイミングでヴィトールジュニオールとジュニーニョが復帰、寺田が負傷離脱、森がラフプレーによる謹慎処分で4試合の出場停止に伴い。システムを昨シーズンまで採用していた4-4-2に戻しました。ジュニーニョ復帰後は6試合を4勝2分と復調し上昇気流に乗って行けると思った矢先に今度はレナチーニョが起用法に不満を表して夏の市場で退団。直後の3試合を3連敗し。ここでリーグ戦はほぼ終戦でした。

エースストライカー、攻撃面で違いを出す左サイドハーフ、代表レベルの正キーパーを失い、通常であれば彼らの代役選手を獲得に動くところですが、当時のフロントの下した決断は補強無しでした。これではタイトルを獲る事はできません。ナビスコもベスト4、天皇杯は4回戦で敗退しました。

加えて、2005年のJ1再昇格から不動のセンターラインとして毎シーズンフル稼働していた伊藤、谷口、中村、ジュニーニョのリーグ出場試合数が全員30試合を割り込みました。加齢による衰え、負傷の増加、チーム方針の転換等、様々な要素がありますが、これも一つの時代の終わりを表していました。

今思えば、フロントも2009年オフの時点でチームとしてワンサイクルが終焉した感覚は持っていたと思います。ただそこから次の一手をどう動くが難しかったのであろうと推測しました。チームとして平均年齢も高くなっていたので、選手が移籍して空いたポジションで当時若手だった杉山、登里、楠神、小林を起用していく方針に切り替えたのだろうと推測しています。

この方針転換で一番苦労したのは監督の高畠勉さんでした。対外的にはタイトル制覇を喧伝しているが、実態はそれを悟られないよう世代交代に着手する。このシーズン終了後に契約満了による「退任」で監督の座を退きましたが、これも今思えば、これ以上貧乏くじを引かされたくないと高畠さんに固辞された可能性もあります。どちらにせよこの困難なシーズンを最終的にはリーグ5位、ナビスコカップベスト4、天皇杯は4回戦敗退、ACLはグループリーグ敗退。リーグとナビスコではそれなりの順位に着地させてくれた事には感謝の気持ちしかありません。このシーズン後もクラブとの関係は切れる事無く本日も続いています。

J2から続いて来たサイクルが本格的に終焉を迎え、1999年からオフィシャルサプライヤーとして多大な御支援を頂いたアシックス社とも契約が満了。2009年以上に一つの時代の終わりを感じさせるシーズンでした。

明日も同じ時間に次の1枚をお届けします。またここで会いましょう。

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